【追悼】諸橋 愛選手ー死因や生涯獲得賞金額まで詳しくまとめてみた
2026年9月21日、諸橋愛(もろはし めぐむ)選手(49)が落車による頸髄損傷で亡くなりました。
奈良競輪場で9月10日から開催されていたGⅢ、
諸橋選手は12日の11R準決勝、最終2センター付近で落車。
すぐに奈良市内の病院に緊急搬送され治療を受けていましたが、頚髄損傷による多臓器不全のため、21日に息を引き取りました。
*生前のインタビュー
過去に様々なインタビューを受けていた諸橋選手。
その解答には諸橋選手がどのような思いで一走一走に向き合っていたのか、
その競輪観を垣間見ることができます。
2018年10月
【オッズパークのインタビューにて】
Q「8月末の富山記念は準決勝で落車がありました。体調面はいかがですか?」
諸橋「今走ってもパフォーマンスは充分に発揮できない、無理に出てもお客さんに迷惑を掛けると思い、決断をしました。」
2018年2月
【全日本選抜競輪 選手インタビューにて】
諸橋「僕らしいコース取りだったと思うし、悔いはないです。」
諸橋「S.Sになって負けられないという気持ちはあるけど、僕の走りは変わらない。それをファンの人も求めていると思う。」
2018年10月
【オッズパークのインタビューにて】
Q「選手は、落車による怪我との戦いもつきものですもんね。」
諸橋「どうしても落車はつきものですから甘いことは言っていられないと思うんです。そもそも落車自体、ファンの人に迷惑がかかっていますし。ただ、自分も戦っているのでそれはわかって欲しいですね。」
2018年10月
【オッズパークのインタビューにて】
Q「それでは最後にオッズパーク会員の方へメッセージお願いします。」
諸橋「レースを走るからには期待に応えないと駄目だと思っているので、出る以上は1着に向かってしっかり頑張ります。」
諸橋「最後ゴールまで諦めない気持ちで走っているので、そこも含めてレースを見てもらえたらなと思います。」
2021年4月
【オッズパークのインタビューにて】
Q「優勝していかがでしたか?」
諸橋「嬉しいのは嬉しいんですけど、自分の目標はここに置いてなかったので、これで終わりじゃないっていう気持ちの方が強かったですね。」
2021年4月
【オッズパークのインタビューにて】
Q「最後にオッズパークの会員の皆様にメッセージをお願いします。」
諸橋「皆さんの応援に応える事は、車券に貢献する事だと思っています。」
諸橋「僕のあきらめない気持ちをレースで見て下さい。応援してくださる人がいる限り、がんばっていきます。」
2021年9月
【けいりんマルシェのインタビューにて】
Q「ホームバンクでのGⅠについて」
諸橋「特別な想いを持って臨むつもりです。」
諸橋「この親王牌に照準を合わせて、3ヶ月前くらいからのプランを考え、トレーニングをしてきました。」
*死因の頚髄損傷について
【頚髄とは】
首の部分にある脊髄(せきずい)の神経の束。
手足だけでなく呼吸をするための筋肉や、
自律神経をコントロールしています。
画像「頸椎」の骨の中を通ってる神経が頚髄
出典:佐藤整形外科医院
頚髄を重度に損傷すると…
↓
・呼吸がうまくできなくなる(呼吸不全)
・体温調節などができなくなる
↓
体全体のバランスが大きく崩れて全身の複数の臓器に負担がかかる
↓
結果として多臓器不全に至ることがある
*公営ギャンブルにおける
死亡事故
各々の歴代死亡件数を表にまとめると
このような結果になりました。
| 順位 | 競技名 | 死亡事故・殉職者数 |
| 1位 | オートレース | 97件 |
| 2位 | 競輪 | 52件 |
| 3位 | 競馬 | 約40人※集計範囲に差あり |
| 4位 | ボートレース | 33人 |
※上記は各競技について確認できる公表資料・報道・過去資料をもとにした概数であり、
4競技を同一条件で集計した統計ではありません。
※この表は各競技の危険性や「死亡する確率」を
直接比較するものではありません。
死亡者数が多い=その競技の死亡率が高い、
という意味ではありません。
※競技によって歴史の長さや選手数、開催数、出走回数が異なるため。
*競輪界の課題
今回の諸橋選手で競輪選手における
競走中の殉職事故は52件目。
同年7月19日には松阪競輪場での落車事故で
伏見俊昭(ふしみとしあき)選手(50)も
殉職(頚髄損傷により)。
安全対策を模索する中で起きた事故でした。
今回の悲報をうけ、
日本名輪会会長の井上茂徳氏(68)は
「またしても事故が起こってしまった。
落車をゼロにすることは難しいが、
少しでも減らすにはギアの規制が必要だ。」
と事故撲滅へ提言を寄せました。
日本名輪会会長・井上茂徳氏
【現状】
・スピードを出せるようギア比を大きくしているため、操作が難しい
・競輪の自転車はブレーキがなく踏みとどめて減速をする仕様
・大ギアだと踏み込むのにも減速するのにも大きな力が必要で事故を避けにくい
・選手はこの大ギアを踏み込むために、極端に言えば立ちこぎのイメージでペダルを踏みつける
⇒落車の際に顔面から突っ込み
大ケガにつながりやすい
⬇️⬇️⬇️
ギア規制で大事故を防ぐ
*プロフィール
・出身地
新潟県西蒲原郡(現・燕市)
・身長 / 体重
172cm / 75kg
*直近の成績
←👆→ スクロールできます
| 種別 | 優勝 | 1着 | 2着 | 3着 | 着外 | 勝率 | 2連対率 | 3連対率 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 2026年 | 2 | 5 | 6 | 8 | 27 | 9.8% | 21.6% | 37.3% |
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0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0.0% | 0.0% | 0.0% |
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0 | 0 | 0 | 3 | 13 | 0.0% | 0.0% | 17.6% |
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0 | 0 | 0 | 0 | 1 | 0.0% | 0.0% | 0.0% |
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0 | 2 | 3 | 2 | 5 | 14.3% | 35.7% | 50.0% |
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2 | 3 | 3 | 3 | 8 | 16.7% | 33.3% | 50.0% |
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0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0.0% | 0.0% | 0.0% |
| 種別 | 優勝 | 1着 | 2着 | 3着 | 着外 | 勝率 | 2連対率 | 3連対率 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 前年 | 1 | 13 | 17 | 20 | 37 | 14.6% | 33.7% | 56.2% |
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0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0.0% | 0.0% | 0.0% |
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0 | 2 | 5 | 8 | 12 | 7.4% | 25.9% | 55.6% |
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0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0.0% | 0.0% | 0.0% |
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0 | 2 | 6 | 4 | 16 | 7.1% | 28.6% | 42.9% |
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1 | 9 | 6 | 7 | 8 | 28.1% | 46.9% | 68.8% |
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0 | 0 | 0 | 1 | 1 | 0.0% | 0.0% | 50.0% |
| 種別 | 優勝 | 1着 | 2着 | 3着 | 着外 | 勝率 | 2連対率 | 3連対率 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 通算 | 31 | 245 | 300 | 244 | 634 | 16.5% | 36.7% | 53.2% |
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0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0.0% | 0.0% | 0.0% |
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0 | 44 | 73 | 70 | 228 | 10.3% | 27.3% | 43.7% |
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1 | 16 | 15 | 12 | 37 | 18.8% | 36.5% | 50.6% |
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7 | 62 | 87 | 70 | 179 | 14.9% | 35.8% | 52.6% |
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23 | 121 | 119 | 89 | 172 | 23.1% | 45.9% | 62.9% |
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0 | 2 | 6 | 3 | 18 | 6.5% | 25.8% | 35.5% |
出典:オッズパーク
*経歴
・新潟県立吉田商業高等学校在学時(1993~1996)に出場した全国高等学校総合体育大会自転車競技大会(インターハイ)では、4000メートル速度競走種目で優勝
・1997年4月13日、地元である弥彦競輪場でデビュー(3着)、初勝利は同年4月23日の松戸競輪場、初優勝は同年5月5日静岡競輪場
・2005年の寬仁親王牌(青森競輪場)でGI初優出(8着)。 GIIIは2004年の青森記念で初優勝
地元弥彦記念3連覇(2017年から2019年)を含め、2021年の四日市記念まで8度の優勝を記録した
・2017年のGII・共同通信社杯競輪(武雄競輪場)で優勝し、特別競輪を初制覇。結果は落車棄権・失格となったが同年は賞金額6位となり、初のKEIRINグランプリへの出場と翌2018年のS級S班を決めた
※S級S班とは
全国約2,200名の競輪選手の中から、わずか9名だけが選ばれる最高峰のランク
• 生涯獲得賞金:9億7018万500円
• 通算成績:2377戦435勝
*まとめ
2026年9月21日、
49歳という若さでこの世を去った諸橋愛選手。
約30年にわたる競輪人生では、GⅡ制覇、S級S班、
KEIRINグランプリ出場など、競輪界のトップで数々の実績を残してきました。
しかし、諸橋選手について振り返る中で特に印象に残ったのは、華々しい成績だけではありません。
車券を買って応援してくれるファンの存在を意識し、走る以上はその期待に応えようとする。
そんな姿勢もまた、諸橋愛という競輪選手を
表していたのではないでしょうか。
一方で、2026年には伏見俊昭選手そして諸橋選手と、落車事故によって選手の命が失われました。
競輪という競技から落車の危険を完全になくすことは難しいのかもしれません。
それでも今回の事故をきっかけに、ギア規制をはじめとする安全対策について改めて議論し、少しでも重大事故を減らしていくことが求められます。
諸橋選手が最後まで見せ続けた「あきらめない走り」と、競輪界に残した数々の功績は、これからも多くの競輪ファンの記憶に残り続けるでしょう。
諸橋愛選手のご冥福を、心よりお祈りいたします。












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